11 : パトラ
- 2010.10.03「S」~Day:32 Patra~
カテゴリー:11 : パトラ 朝6:00、アテネの近く、ピレウスの港に到着。
明るくなるまで、到着ロビーにいて、どこかのインフォメーションが開いてから、行動開始しようと思っていたが、みんな下船するなり、一目散にバスに乗り込んでいく。どうやら無料送迎バスのようだ。
行き先が駅だという事を確認して、無料なら乗らない手はないと乗り込む。
数分して着いたのは、小さな地下鉄の駅だった。
まだ真っ暗な地下鉄の駅にじっとしているのも嫌なので、このまま電車でパトラの港に行ってしまおう。
ひとつだけ開いていた券売所のおじさんに聞いてみる。
「すいません、パトラに行きたいんですが」 「あ?」 「パトラ、に行きたいんです」 「どこだって?」
発音が悪いのか、全然通じない。
パトラは、大きな街だと思ったんだけど、違うのかな。 と、Firaでフェリーのチケットを発券してくれたおじさんが書いてくれたメモ書きを見せる。
「パトラの港からフェリーの乗りたいんです」 「バスで行くのか、電車で行くのか?」 「えーっと、電車で」 「ここから○×の駅に行って、ブルーのラインに乗り換えて、×○▲□・・・」
ギリシャで聞く英語は、僕には、たまにスペイン語のような巻き舌が入るように聞こえ、早口で喋られると、ちっとも聞き取れない。
「なんですって?」 「だから、ここから地下鉄に乗ってブルーのラインに乗り換えて、×○▲するとビッグステーションがあるから、そこで□▲○・・・」
ひとつしか開いてない券売所なので、どんどん僕の後ろに人が並んで行く。
「分かりました。乗り換える駅だけ、もう一度言って下さい」 「モナスティラキ、だ」 「モナスティラキ、ですね。ありがとう」
チケットを1ユーロで買って、路線図を確認に行く。
すると、後ろでやりとりを聞いていた青年が、ここだよ、と指をさして教えてくれた。なるほど、確かに青い路線に接続している。
こういう親切は、本当に本当に嬉しい。 「どうも、ありがとう!」
地下鉄は数分で、モナスティラキの駅に到着し、僕は地上改札まで上がる。
今度はガラスの向こう、少し離れた位置にいる優しそうなおじさんに、インターフォン越しに聞いてみる。
「すいません、パトラに行きたいんですが?」 「失礼、どこに行きたいんですって?」 「パトラ、に行きたいんです」 「パトラ?」 「そう、パトラ、です」
おじさんは、ガラスから離れた位置にいるので、今度は、メモ書きを見せる事が出来ない。
「パトラスの事かな?」
ん?正式名は「パトラス」なのかな?ふと、メモを見てみると確かに「Patras」と書いてある。
僕は最初に聞いたように、ずっと「パ」にアクセントを置いて、「ッパトラ」という風に言っていたが、おじさんを真似て「パトラァス」と発音すると、「うんうん、そうです」という風に頷かれる。
「ここから、ブルーのラインを空港方面に乗って、次の駅で降りて下さい。そしたら今度はアントニオス方面のレッドライン
に乗って下さい 」「分かりました。そこからどうすれば?」 「そこからパトラァスに行けば良いんですよ」親切な対応に一安心した僕は、お礼を言って、ブルーのラインに乗り込む。
考えてみれば、ツーリストインフォメーションでもない、地下鉄の券売所で、随分離れた港への行き方を聞くのは、無理があるのかもしれない。
丸の内線の券売所で「沼津港へ行きたいんですが」って聞いたらビックリされるものね。
ここで、ふと、以前見た地図を思い起こすと、パトラはギリシャの半島のような部分の、ちょうどピレウスの反対側に位置していたように思う。
結構、距離があったような気がするが、こんな地下鉄を乗り継いで行けるのだろうか?東京、静岡間くらいの距離に思えたけど。
それとも、日本の2倍あるトルコの地図や、全長10数キロしかないサントリーニの地図を眺めている内に、縮尺がよく分からなくなって来ているのだろうか?ひょっとしたら、ギリシャの地下鉄はすごく長いのかも知れない。とりあえず、言われた通りに行ってみよう。
と、考えているうちに、終点アントニオスに着いてしまった。そりゃ、そうだ。やっぱり、丸の内線で沼津へは行けない。
ここが、ビッグステーションなのかも、と思い降りてみると、ただの地下鉄の駅だった。他に乗り換える路線も無い。
またもや、券売所で、今度は若い女性に聞いてみる。
「すいません、パトラァスに行きたいんですが?」 「なんですって?」 「パトラァス、です」 「・・・地図か何か持ってます?」 「持ってません」 「それじゃ、どうにも案内出来ないわ」
あれ?なんかおかしいな。
「えーっと、ここに行きたいんです。パトラァス」と再度、メモ書きを見せる。
なんだか分からない、という顔で首を振るお姉さん。
「良い?パトラァスというのは、場所の名前なの。この名前の通りはあるかも知れないけど、こんな名前の駅は無いわ」
なんだって? 順調に来ていたと思いきや、急にルートを見失ってしまった。
「えーっと、僕はピレウスから来て、パトラァスに行って、船に乗りたいんです。ほら、こんな感じで」と再度メモ書きを見せる。
それを見て、困ったわね、という感じで、どこかに電話をかけて何やら聞いてくれる、お姉さん。
「分かったわ。港のパトラ、に行くには、バスに乗る必要があるわ。そこの階段を上がって、路面電車に乗って、キシソスのバスステーションに行って、そこからパトラ行きのバスに乗りなさい」
どうやら、港は最初に僕が発音してたとおり 「ッパトラ」で、良かったみたいだ。
「パトラァス」はまったく別の場所だったようだ。
やれやれ、なんでFiraのおじさんは「S」なんかつけてくれたんだ?まぁ、行き方が分かっただけでも、良いや。
言われた通り、階段を上がり、路面電車に乗り込む。運賃の支払い方法が分からないので、他の乗客を注意深く観察していると、誰も乗る時も、降りる時も、何も払ってない。
そもそも、料金を払う料金箱すらない。いったい、どうやって払うんだ?チケット買うのかな?
そうこうしている内に終点に着く。
そのまま、降りる。誰にも何も言われない。まぁいいか。
降りた場所は、どうみても高速バスが出るようなバスターミナルには見えないので、そばにいた、おじさんに聞いてみる。
「すいません、ここはキシソスですか?」 「え?」 「ここは、キシソス、ですか?」 「ん?『キフィソス』の事か?」
・・・ホント、たまに誰かにからかわれているんじゃないか、と思う。ここは強情に「キシソス」という発音で乗り切ってみよう。
このおじさんは、英語を話す方ではなかったが、身振り手振りでとても一生懸命教えてくれた。
また、そういうのは、とてもとても良く理解出来る。
この通りを真直ぐ行って、1ブロック目の通りを左に曲がる。そこにバス停があるので「051」というバスに乗ればキフィソスだ。
ありがとうございます。
言われた通りに行って、バスに乗り込む。このバスもまた、誰もお金を払っていない。さっきの路面電車といい、いったい何なんだろう?早朝割引?料金徴収係がストでもやっているんだろうか?まぁありがたい事この上ないけど。
かくして、無事、キシソスのバスターミナルに到着。着いて3分後発の高速バスに17.5ユーロ(約2000円)払って乗り込み、無事パトラに向けて出発する事が出来た。
もちろん、チケット売り場でも、バス乗り場でも、僕が「ッパ!トラ」と発音したのは言うまでもない。
発音は、とてもとても大事なのだ。良く分かった。
3時間かけてパトラの港に到着。ここから夜18時のフェリーに乗れば、翌朝にはイタリアのバーリに到着するはずだ。
すぐにフェリーを予約しようかと思ったが、さすがに船内2連泊は辛い。
また、僕は幸いにもここまで全く、危ない目にも、スリにも遭っていない。なので、油断しないよう、ここでいったん気を引き締め直すべく、一晩ホテルで寝て、一息つきたかった。
とりあえず、ホテルを探してみよう。どうしても、安いホテルが見つからなければ、夜のフェリーに乗れば良い。
バックパックを担いだまま、街を歩き回る。いつの間にか、こういう行為が、全然苦にならなくなって来た。
いくつもホテルを周り、23ユーロのホテルを見つけた。バスタブがあったので、ここで洗濯してしまおう。ランドリー代含めて23ユーロならなんとか予算内だ。
チェックインして、さぁ、明日のバーリ行きのチケットを予約しに行こう、と思ったが、ふと思い直して、ネットで調べてみる。
パトラは思った通り、大きな港町だった。ここなら、バーリ以外の他のイタリアの都市にも行けるんじゃないだろうか?
と、案の定、ブリンディジ、バーリ、アンコーナ、そして、ヴェネツィア行きの船までもが出ていた。
僕は、とりあえず、ミラノに行きたかったので、これはとても好都合だ。
問題は料金だが、なんとどれも51~54ユーロと、ほとんど値段に差は無い。乗船時間は14~31時間で、距離も全然違うのに、なんでこうなるか分からないけど、イタリアでの鉄道代が浮くので、こんなに良い事はない。
一気にヴェネツィアに行ってしまおう。
が、ヴェネツィア行きは、今夜23:45発か、明後日発しかない。
ここの海は、とても綺麗で、港町らしい活気もあって、僕はこの街がとても気に入ったが、2泊はしたくない。
けど、もう宿代を払ってしまったので、今夜発は勿体無さすぎる。洗濯もしてない。ちょっと困った。
いや、他にも、フェリー会社はあるはずだ、きっとなんとかなる、と再度調べると、別の会社で、明日の夜23:59発(なんだ、この時間は?)を見つけた。よし、これだ、とばかりに予約しに行く。
が、窓口で聞くとこの便は、一番安いデッキ席(51ユーロ)か、ベッドのある4等席(110ユーロ)しかないという。
ヴェネツィアへは31時間、2晩を過ごさなければいけないので、ただの椅子のデッキ席では辛い。僕は「Airplane-TypeSeats」(71ユーロ)で行くつもりだったので、110ユーロはちょっと痛い。かと言ってデッキ席に31時間も辛い。
考え込んでいると、窓口のお姉さんが「あなた何歳?」と聞く。
「32歳です」 「・・・OK。26歳以下のユース割引というのがあるわ。これ使って、4等を20%オフの88ユーロにしてあげるわ」 「・・・良いんですか?」 「大丈夫、充分26歳以下に見えるから」
まったく、何が幸いするか分からない。 東洋人で良かった。
かくして、ハイシーズンなら199ユーロ(約22,500円)する4等を88ユーロ(約10,000円)で入手する事が出来た。
2泊分の宿泊費と、ヴェネツィアまでの交通費込みで考えると、そうとう安く上がったと思う。
と、ここで発券して貰ったチケットを確認すると 「PATRAS-VENICE」 とある。
Patra「s」?・・・「S」??
フェリーの航路案内の冊子にも「PATRAS」とある。でも、電車の駅はPATRAとある。
もう、何が何だか分からない。
とりあえず、Firaのおじさんは間違ってなかった、みたいだ。 ごめんね、おじさん。
この日は、色々ありながら、どうにかこうにか、うまく立ち回れたと思う。
この調子で、この先も行けると良いんだけど。
パトラ港
- 2010.10.05おしゃべりの渦の中で~Day:33 Patra~
カテゴリー:11 : パトラ パトラに着いた昨日は、土曜日なので、ほとんどのお店が閉まっていた。
ツーリストインフォメーションは勿論、洋服店、スーパー、薬局、開いているお店は数店だった。
仕方ないな、たぶん土日はこんなものなんだろうな、と思ったら甘かった。「土曜日だからまだマシ」だったのだ。
日曜日の街に出てみると、もう、日本の元旦よりひどい。開いているお店は、カフェと一部のレストランだけだ。
昨日やっていた唯一のス
ーパーは勿論、何から何まで閉まってる。日曜日のギリシャ人は何をするんだ?日曜日だからこそ、お買い物じゃないのか?いったい、いつ洋服を買いに行くんだ?
ノートパソコンを持ち歩く時に使っていた、小さいバックパックが破けてしまったので、もし安ければ買おうと思っていたが、とんでもない。カバンどころか、生活雑貨すら買えやしない。せっかく、少し物価が下がった街に来たのに、どうしようもない。
仕方なく、開いている安そうなレストランを探し、日曜の昼からワインやビールを呑みながら、大声で話しているご老人達に混じって、食事を取る。パスタの上に、牛肉の煮込みをかけた料理(大盛り)で5ユーロ(約600円)やっと普通の値段だ。
食事を取ってしまうと、他にする事もないので、カフェでコーヒーを飲みながら、ブログを書く。それも終わってしまうと、いよいよする事がないので、ずっとギリシャ人観察をしていた。
せっかくなので、ロドス、サントリーニ、パトラと見てきた、ギリシャ人レポートを。
当たり前だけど、別に特殊な人種じゃない。でも、無表情の時の顔立ちを見ると、どことなく威厳のあるような、その奥に深い考えがあるような目をしている人が多い。
特に、中年以上の男性は、いくらかブスっとしているように見える。夜スーパーで「カリスペラ!」と挨拶しても、ボソっと「スペラ」と返すだけ。でも、別段不機嫌なワケではないようだ。道を尋ねると、とても親切に教えてくれたりする。(その情報が正しいかどうかは、また別)
彼らがその秘めたる力を発揮するのは、怒った時だ。これはもう、もの凄い迫力である。声を張り上げ、大きな身振りで、身体全体で相手に訴える。
しかも、切れ目無くずーっと喋る。良くもまぁ、そんなに言葉が後から後から出てくるもんだ、というくらい、ずーっと喋り続ける。長台詞にしたら、5、6ページは軽くあるんじゃないだろうか?
そして、この時のギリシャ語の響きが、また凄い。この言語は、相手に訴えかける為にあるのか、というくらい迫力満点である。
特に「オヒ!」(「NO」の意味)の言い方のバリエーションたるや。ギリシャ人はオヒ!の言い方を千種類くらい持っているじゃないだろうか?
連続のオヒ、喋り出しのオヒ、怒りのオヒ、終わりのとどめを刺すかのようなオヒ、オヒだけで会話出来そうな気すらする。
パトラの路上では、電話で怒っている、30代の女性を見た。パッと見、キャリアウーマン風の女性なのだが、ものすごいしゃがれ声で、タバコを手に、ゆうに1ブロック先に聞こえるくらいの声量で、怒鳴っている。この時の彼女の、手の表情の雄弁な事と来たら!
勿論、片方の手は携帯を持っているので、空いているのは片手、しかもタバコを挟んでいるのだが、これが実にしなやかに、時にダイナミックに、そして力強く、素晴らしく怒りを表現している。
これをもし、舞台でコンスタントにやられたら、ちょっとそんじょそこらの役者じゃ勝てないんじゃないかな、というくらいに。
もっとも「その電話本当に繋がっているんですか?」というくらいずっと喋っているから、相手の台詞なんか聞かないだろうけど。
思わず、ムービーに撮って、役者仲間に見せてあげたくなるほどの表現力だった。勿論、そんな事したら、タバコや携帯がこっちに飛んできそうだったので、しなかったけど。
やっぱりギリシャ劇はギリシャ語でやってこそ、なんだろうな。 当たり前だけど。
怒った時の声は凄いけど、それ以外の時の声も充分デカイ。
パトラに着いた土曜日のお昼は、もともとそういう日なのか、カフェは大賑わいで、みんなビールやワインやコーヒーを飲みながら、楽しそうにお喋りしている。この喧騒がまたすごい。
ただでさえ声の大きい人たちが集まって、ワイワイやるものだから、すごい音量だ。その声に、自分達の会話が消されないようにと、もっと声が大きくなる。その相乗効果で、カフェの周りはおしゃべりの渦が出来ている。
その渦の中で特に目立っているのが、おばさん達。世界全国、おばさんのおしゃべりは、すごいけど、ギリシャ人のそれは、本当にすごい。
「マイ・ビックファット・ウェディング」というギリシャ人との結婚を描いたドタバタ映画があったけど、あれに出てくるギリシャ人側の親戚の叔父さん叔母さん達のテンション、あれは全然誇張じゃない。本当にあんな風なのだ。声がデカく、一息で喋るフレーズがとても長い。
いったいどんな風に会話が成り立っているのか、とても不思議だ。ギリシャ語が理解出来たらな、と本当に思った。
ぜひ今度、このカフェでの会話を、誰かに同時通訳してもらいたい。凄いスピードで翻訳不可能かもしれないけど。
さすがに一日カフェにはいられないので、辺りを歩く。
港から、教会のような屋根が見えたので、そちらに向ってみる。
遠くで見る限りでは、サントリーニで見たような、可愛らしい教会かと思ったら、それは、とてもとても荘厳な教会だった。
中に入ると、壁と天井一面に、キリストの誕生から復活までの絵が、描かれている。
これが本当に凄く、息を殺してずーっと眺めてしまった。
ガイドブックで調べて「こういうのがあるらしいから、行って見よう」というのではなく、予備知識が全く無い状態で、こういう物に出会うと、本当に感動する。
偶然の出会いがもたらす、本当に貴重な体験だと思う。
そろそろ日が暮れるな、という時に、街の奥に、長い階段を見つけたので、昇ってみた。
案の定、そこから眺める、暮れ行く港町は最高だった。
ガイドブックに載ってないような、観光地でも充分に観る所は沢山ある。探す苦労さえ惜しまなければ。
今日一日で、やっと外向けでない、ギリシャの日常の顔を、少し観れた気がした。
- 2010.10.08海の上のニヒリスト~Day:34 Adriatic Sea~
カテゴリー:11 : パトラ -
4等の部屋で本当に良かった。
ユース割引にして貰って本当に良かった。
四人部屋は広く、ベッドの大きさも充分で、なんとユニットバスが部屋の中にある。パンフレットにinside/outsideのwcがなんとかって書いてあったから、勝手に安い部屋は共同バスなんだと思ってた。
ここに2泊で、88ユーロはお得すぎる。デッキにしなくて本当に良かった。
と、部屋で一人はしゃいでいると、パスポートコントロールせずに船に乗った事に気づく。
マルマリスからロドスに行った時のように、荷物検査して、出国審査してパスポートに出国のハンコを貰うのだと思っていたけど、ターミナルで警官にパスポートを見せただけで、船に入ってしまった。
まぁ、うっかり通過って事はないだろうから、大丈夫だろうけど、これでイタリアについてから「はい、ハンコがないから、戻ってね」なんて、ならないのかな?
不安になったので、船の中の客室レセプションに聞きに行くと「大丈夫です、キャビンのお客さんですよね?」と言われる。はい、ニセ26歳です。
そうか、この船はCorfu島、Igoumenitsaとまだギリシャの2都市に寄港してから、イタリアに行くのだから、みんな乗ってからまとめてやるのかな。でも、それでNGだったら降りようがないぞ?海に放り出されるのかな?まぁ、良いというんだから、良いや。
と、なんだかんだやっていたら、出発時刻の23:59をとっくに過ぎている。
これだけ微妙な時間にしているんだから、時間厳守なのかと思ったら、建前の設定時間のようだ。どんな意味があるんだろう?
結局、1時間以上過ぎてから、パトラを出港する。さよならギリシャ。いつかギリシャだけゆっくり来たい。
出港しても、まだ僕の部屋は誰も来てない。という事は、今夜は4人部屋は独り占めだ。とても嬉しい。
もし、54ユーロのキャビンだったらどうだったのかな、と観に行くと、いつもどおり、みんなラウンジのソファーや床に自分の寝床を定めている。
大半の人たちは、最初っからキャビン移動用の装備の人たちばかりであった。みな、マット、毛布は標準装備で、なかには折りたたみ型や、空気で膨らますタイプのベッドを持ってきている人もいる。
いったいどんな大荷物で旅をしてるんだ?という感じだが、そういう人たちは、だいたい3、4人以上で、ベッド係り、布団係りと装備を分けて持っているようだ。ちょっとした軍隊っぽい。
かと思えば、小型のナップサックひとつで、ずーっとラウンジのソファーに座っているおじさんもいる。まぁ、31時間なんてたいした時間じゃないと言えば、たいした時間じゃないものね。
さぁ、せっかくだから、贅沢にシャワーを浴びよう。これが、ちゃんと暑いお湯が出る。客だけで1500人も乗る船で、贅沢にシャワーが使えるなんて、いったいどういう仕組みになっているんだろう?海水ろ過装置とかあるのかな?原子力潜水艦じゃあるまいし。
朝7時。誰かが鍵をガチャガチャやっている。昨日、レセプションから案内された時もそうだったが、この部屋のドアは、全然、鍵が言う事をきかない。夕べのドアマンも、3回も鍵を取替えに行って、やっと空いたのだ。
随分長い事ガチャガチャやった後、ドアマンが恐縮しながらドアを開け、長身で白髪のイタリア人が入って来た。
「ボンジョルノ」 「ボンジョルノ」
今まで、僕はイタリア人と会話した事がない。これが人生初のボンジョルノだ。
が、入るなり自分の鍵でドアが開くかを試し「なんだこの鍵は、全然言う事を聞かないじゃないか。君の鍵を貸してくれ、これもヒドイな。でもこれなら、なんとか空くじゃないか、僕のファッキン鍵じゃちっとも開かない。そもそも4人ベッドの部屋でマスターキーがひとつ、あとはファッキンな合鍵とはどういうことだ、まったくファッキンな話しだ、だいたい、他にも部屋は空いているんだから、無理やり2人を一緒にしなくても・・・あとでファッキンレセプションに文句言ってやる・・・まったく。」
とイキナリの文句の連続で(僕に言われても困るんだけど)僕は、名前を名乗る機会を逃してしまった。 イタリア人も「ファック」って言うんだ、初めて知った。ともかくこれが、僕の人生初、イタリア人との会話。(相槌打ってただけだけど)
ファックファックで眼が覚めたので、起きてデッキに行ってみる。
素晴らしい快晴だ。パトラで見た海の色と、また少し違っている綺麗な青。
これがアドリア海か。今にも、ポルコ・ロッソのサボイアが着水しそうな海の色。あれ?マッキだっけ?まぁいいや。
船の上ではネットがずっと使えるという事だったので、これを期に、ページのあちこちを直したりしようと思っていたら、なんと2時間3ユーロの有料制だった。ケチだな。まぁ船の上でWifiが使える事の方がすごいんだけど。
仕方ないので、ラウンジでブログを書いて、英語の勉強をする。
同室のイタリア人は到着するなり、グーグー寝てしまったので、客室に入るのは少し遠慮する。
何にもしなくても、お腹は減る。
結局、日曜日のパトラでは一切買い物が出来なかったので、僕は、チョコビスケットと、水しか持ってない。
仕方ないのでセルフサービス型のレストランを利用することにする。
これがまた案の定高い。まぁ船の上だから当たり前なんだけど。
でも、一品あたりの量がものすごく多い。
この船には、ギリシャ人もイタリア人もフランス人も乗っているので、どこ基準なんだか分からないけど、みんな山盛りの食事をしている。そりゃ、太るわ。
僕の前に並んでいた太ったギリシャ人は、大皿に3つに、フライドポテト、ゆでただけのパスタ、パンをそれぞれ山盛りにして、さらに大きなお肉を、これまた山盛りで貰っていた。
それを見た、僕の後ろの紳士は「なんと嘆かわしい」とばかりに首を振っていた。まぁそんな顔しなくても。
僕はといえば、そろそろ良い加減、魚を食べたかったのだが、これがお肉と同じかそれ以上の値段がする。なんでなんだろ?需要と供給なんだろうか?
しかもオリーブオイルたっぷりで焼かれているか煮られているのがほとんだ。塩焼きにしてレモン絞ってくれれば良いのにな。醤油なんて贅沢は言わないから。
でも、嬉しいのは、フルーツがとても安い。お肉の煮込み等は一皿10ユーロ(約1200円)以上するのに、おっきなスイカは一皿1ユーロだ。果物好きとしては嬉しい事この上ない。結局、このスイカは船を下りるまで3皿食べた。
さて、デッキ組はというと、もちろんこのレストランで食事をとる人もいるのだが、ほとんどが自分で持ち込んだ食料を食べている。
これが、またすごい。ちゃんとお皿やナイフやフォークまであり、立派な1食となっている。缶詰、ワイン、チーズ、パン、ハム、タッパにいれた料理、実に多彩。
パトラの店は軒並み閉まってたから、どこかで事前にちゃんと用意して、船に乗り込んでいる、という事だ。
寝床といい、本当にたいしたものだな、と思う。まぁ、この2泊為だけの装備、という人も多いんだろうけど。
夕方を過ぎると、360度、どこを見回してもいっさい陸地が見えなくなった。そして、船はけっこう揺れるようになって来た。
さすがに全長約200mの船だから、多くゆったりと揺れるのだが、油断してるとたまに、おっと、となる。ギリシャとイタリアの間なんて内海だと思ってたけど、ほとんど外洋と変わらないのかもしれない。
変な奴だな、と思われるかもしれないけど、揺れだすとちょっと楽しくなる。「あぁ僕はちゃんと海の上にいるんだなー」と実感出来て嬉しい。
船室には勿論、窓なんて無いので、こうでもないと、どこかに閉じ込められてるような気になってしまう。
自分の部屋に戻って、イタリア人とちょっと話す。「今日の太陽は、とても素晴らしかった。最近のヴェネツィアは雨ばかりで寒い。まったく、これからの季節は・・・」
こういう人なんだな、この人は。
イタリア人みんなが、陽気だとは限らない。当たり前だけど。
繰り返される、大きな揺れの中で、イタリアの事を考えながら眠る。








