26 : ニューオーリンズ
- 2011.04.19ワンダフルワールド~Day:103 NewOrleans~
カテゴリー:26 : ニューオーリンズ 朝起きて、何はともあれ、表の通りに出てみる。
夕べは遅くに着いたので、暗くて辺りの様子が全く分からなかったけど、案の定、普通の住宅街だな、こりゃ。
でも、空は綺麗に晴れ渡り、凍えるシカゴに比べれば、天国のように暖かい。
コートなんて全然いらない。Tシャツに薄手のパーカー羽織るだけで充分。
でもさすがに、ビーチで泳ぐってワケにはいかないかな。
聞いた所によると、おとといまでは暑いくらいで、昨日から急に寒くなったらしい。
ひょっとしたら、それまでは本気で泳げたのかも。
アメリカって大きいなぁ。
夕べはひもじいまま寝たので、まずは食料の確保だ。
せっかく、使いやすそうなキッチンもあるしね。
宿から一番近いというマーケットに行ってみると、映画でよくみるような、住宅街の中のちいさなお店があった。
太った店主が一人でやっていて、悪ガキにしょっちゅう万引きされてそうな店だ。
でもかなり狭くて、品揃えは良くない。
チョコ・バー、タバコ、派手な色したガム、残念ながら自炊する為の材料は、ほとんど無い。
仕方なしに15分ほど歩いて、別の店に行ってみた。
ここはテイクアウトの食堂のようなモノがあって、お店も少し大きかったけど、棚はガラガラ。
結局、品揃えは、小さな店と同じくらい。 意味ないや。
とりあえず、水とチョコ・バーだけ買って、宿に戻り、受付にいた黒人の青年に
「ねぇ、大きなマーケットはこの辺に無いの?」と聞いてみた。
「この辺にあるのは、あの2店だけで、あとは車じゃないと行けないな。」
「んーそうか。参ったな」
「30分ほど後で良かったら、車で近くまで行く用があるから一緒に行く?」
こんなのも、ちいさい宿ならでは。
せっかくなので、ありがたく連れて行ってもらった。
どうやら、昨日電話で僕が話した男性は、この黒人の彼だったようだ。
電話よりはマシだけど、かなりの随分と早口で、ついていくのが大変。
それでも彼の英語は、アメリカで聞いた誰の英語よりも、耳ざわりが良かった。
今まで、アジア、ヨーロッパで聞いて来た言葉はどれも、リズム良く、音の高低に富んでいて、響きが豊かだった。
フランス語もイタリア語もスペイン語も、ただいの会話を聞いているだけで、まるで民族音楽を聴いているかのように、心地よかった。
それに比べると、アメリカ英語ってのは、ちょっと音楽っぽくはないな、なんて思っていたけど、とんでもない。
ちゃんと、歌うようにアメリカ英語を話す人はいるのだ。
言葉の出だしで、ひっくり返ったような所から音を発して、そのままリズム良く、低い音、高い音を行ったり来たりしながら話す。
相当のお喋りのようで、車を運転しながらひっきりなしに話してたけど、本当に歌のようだった。
お喋りついでに、「宿の近くで、良いジャズクラブはある?」と聞いたら、
「そんなのフレンチ・クォーターに行けば、くさるほどあるさ。」と言われた。
よく分からないけど、そういう所があるらしい。
どうやらこれで、食料と音楽には困らないみたいだ。
大型スーパーで、たっぷり食料を買い込んで、キッチンで食事をする。
やれやれ、やっと普通の食事が出来た。
さて、泳げるほどではないけど、とってもいい天気なので、ひととおり見て周ろう。
フレンチ・クォーター。
ニューオーリンズで一番有名な地区。
フランスやスペインの植民地時代の建物も多くある。
セントルイス大聖堂
北米最古の大聖堂
中も、荘厳
思っていたより、ずっと大きかった、ミシシッピ河。
ちょっと、インドのガンジスを思い出した。
有名な、バーボン・ストリート。
バーばっかり。
なんだかんだで、随分と歩いた。
歩いて行ける範囲では、だいたいこんなモンかな?
一度、宿に帰り、キッチンで山盛りサラダを食べてから、再びフレンチ・クォーターに行く。
日が暮れるとさっきまでの通りに、ネオンの光りと、ジャズの音が溢れてくる。
どの店でも、ジャカジャカ大音量でやっているので、通りを歩いていると何がなんだか分からない。
端から端まで往復して、そのうちの一軒に入ってみた。
あまり派手なバンドでは無かったけど、黒人の方の独特の歌い方を、たっぷりと楽しませて頂いた。
やっぱり黒人の方ってのは、身体が音楽で満ちているんじゃないだろうか?
まったくもって羨ましい。
本当は、ジャズクラブのハシゴをしたかったのだけど、歩き回って思っていたより疲れていたのか、1本のビールで酔っ払ってしまった。
今日はこのくらいにしようかな。
通りを抜けて、「ルイ・アームストロング公園」の脇を歩いて、宿に戻る。
そういや、夕べ僕がたどり着いた空港も「ルイ・アームストロング・ニューオーリンズ国際空港」だったな。
自分の名前が、公園や、国際空港の名前になっちゃうなんて、どんな気分なんだろう。
マイルス・デイヴィスは、「アームストロングは、喋りまでジャズになっている」と、言っていたらしい。
世の中の至る所に、音楽は、溢れている。
What a Wonderful World.
- 2011.04.19乗り越えるちから~Day:104 NewOrleans~
カテゴリー:26 : ニューオーリンズ 頭の中がなにかモヤモヤしているのは、今日の天気がどんより曇っているからだけではない。
僕の旅の終わりまで、もう1週間を切っているからだろう。
「執行猶予の旅」と名づけて、「旅の終わりに、俳優を続けるかどうかを決める」なんて言って出発したのだ。
いい加減、腹をしっかりと決めなくてはいけない。
ヨーロッパの旅を終えた頃に、かなり思うところはあったのだけど、もう少し何か、もう少し何か、と頭の中がグルグルしている。
決断を下す勇気が無いのか、旅の終わりを寂しく思うのか。
曇りの日に部屋に篭っていると、ロクな考えが浮かばないので、いつものように、ひたすら街を歩こう。
フレンチ・クォーターをフラフラ歩いていると、路地の先の方から、女性が大声で何か怒鳴っているのが聞こえてきた。
これは、例のよく写真で見る、有名な建物だと思うんだけど、どうだろう?
女性がバルコニーの2階から、地上に向って何か怒鳴っている。
地上にはパトカーとおまわりさん。
写真では分かりにくいけど、2階からダラダラと水が、1階の路地に大量に流れている。
なんらかの理由で、2階での水が1階に溢れてきて、その苦情でおまわりさんが来たんだろうか?
かなり長い事、2階と地上で、大声での押し問答が続いている。
どっちかが、降りるなり、上がるなり、すりゃいいのに。
オバサンの怒鳴り声を背に受けてそのまま、歩きつづける。
着いた場所は、フレンチ・マーケット。
なんと、この場所がスペインの植民地だった1791年から続いているマーケット。
1790年っていや、日本はまだ江戸時代で、松平定信が、なんちゃらかんちゃらの時代でしょ?
アメリカは若い国とはいえ、長い時を経て、人の繋いで来たモノというのは、偉大ですね。
が、残念ながら、このマーケットはかなり普通の市場で、ちょっとつまらない。
僕はミラノの駐車場でやってた、片方の靴とか売っているような、ヘンテコな市場が好きだったな。
と、言いつつも、今まで自分用のお土産を、何も買ってない事に気づき、名刺入れを購入。
結局フレンチ・マーケットで買ったのは、これだけ。
市場を出て、そのまま大きな通りを歩いていたら、路上で演奏しているトリオを発見。
「ニューオーリンズにジャズは無いぜ。日本に侍がいないのと同じだ」
なんて言われてたけど、なかなかどうしてジャズに溢れているじゃないか。
それとも、玄人に言わせると、「こんなのは、ニューオーリンズのジャズじゃない」とか言うのかな。
この演奏も、とても素晴らしかった。やっぱり贅沢な街だな。
さらに歩いていると、ジャクソン・スクェアに出た。
銅像は、第7代大統領、アンドリュー・ジャクソン。
彼は、人種差別主義者で、自身も多くの黒人奴隷を使っていたらしい。
そんな大統領の銅像が、広場にあるのは、黒人の方からすると、どんな気分なんだろう?
と思ったら、銅像どころじゃない、20ドル札には彼の肖像画が描かれている。
誰か、何か言わないんだろうか?
そんなに偉大な事をした大統領という印象が無いんだけど、僕が無知なだけかな?
ま、よその国の事だから、いいか。
夕方に一度、宿に戻って食事を作り、共有スペースのリビングでブログを書く。
すると同室の太った男性も、パソコンを持ってリビングにやって来た。
彼は、僕より身長が低いけど、体重はゆうに僕の倍はありそうな大男で、映画「スタンドバイミー」のパイ喰い競争に出てきた、デビーそっくりだ。
彼はしばらくTVを見ながら、パソコンをいじっていたけど、突然、「へい、見てごらんよ!」と、画面をアゴでしゃくった。
見ると、FOXニュースの映像で、普通に拳銃乱射シーンが流れてた。
男が、拳銃を乱射した後、警官に撃たれるまでの、とてもハッキリとした映像。
もちろん、「この後に流れる映像には、ショッキングな・・・」とか言ってたんだろうけど、そんなモノが、普通のニュース番組で流れると思ってない僕は、えらく驚いた。
僕が口を開けて、声もなく驚いていると、デビーが、
「なんだよ、ガンショットを見た事ないのか?」、なんて言う。
「人が撃たれるたところなんか、日本で、見ないよ」と言うと、彼は、
「ほーん」とも、「へー」ともつかない声をあげた。
そのショックが収まりつつあった、数分後、今度は高速道路のようなところで、警官が男をボカスカ殴っている映像が流れた。
夜7時のニュースだぞ?
お茶の間で、子供が見てるんじゃないのか?
こんなんで、いいんだろうか?
ま、よその国の事だから、いいんだけどさ。
日本のマスコミの「右へ倣え」的な報道もイヤだけど、こういうのもちょっと嫌だ。
色々な考えを抱えたまま、三度、フレンチ・クォーターへ。
またもや、通りを往復して、色々と物色する。
すると通りの奥の方から、大音量の演奏が聞こえて来た。
メインストリートを端まで行ってみると、路上で演奏している一団がいた。
もはや、演奏というより、「大騒ぎ」に近いけど、とても大迫力でノリノリだった。
彼らはどういう集団なんだろう?
路上で演奏してたら、アチコチから集まった、とかなのかな?
ぜひ、話しを聞いてみたいと思ったのだけど、演奏の途中で、おまわりさんがやって来て、何やら揉め出してしまった。
さっきのニュース映像みたいに、僕までボカスカ殴られちゃたまらない。
残念だけど、退散しよう。
通りを何度も行ったり来たりして、やっと決めたお店は、ここ。
なんとなく、トランペットを吹いている大柄の黒人の方の演奏が聴きたかったので、これはピッタリだった。
ちっともジャズに詳しく無いけど、これだけ色々聴いていると、一応「好み」らしきものが出来てくる。
この演奏は、まさに僕好みの、とても素晴らしいものだった。
そして、相変わらず1本目のビールから酔っぱらう。
ほんわかした頭で、ジャズの生演奏を聴くと、とてつもなく贅沢な事をしている気分になってくる。
この黒人の方の素晴らしい音楽も、奴隷時代の抑圧が生み出したモノなんだろうか?
もし、奴隷制度が無かったら、ジャズもブルースも、生まれなかったのかな?
素晴らしい芸術を生むのに、何か人間の暗い部分が不可欠なんだとしたら、少し複雑な気分になる。
いや、「辛いことを乗り越えた」という力が、こういう音楽を生むきっかけになったかもしれない。
もしくは、「音楽の力で、辛いことを乗り越えられた」のかも。
そういえばこの街は、数年前のハリケーン、「カトリーナ」による洪水で、大きな被害を受けた街だったな。
様々な経験で、人は強く、大きく変われるんだろう。
僕はこの旅で、少しは、変われたんだろうか。















